騎馬隊編も終わりの時が……ポジョーン!
※※※
「全体整列~」
響く号令に騎馬隊の隊員達は身を引き締めた。
「騎乗!」
ピダムが持っていた房飾りのついた軍配を空に突き刺した。
隊員達は馬に乗り指揮官のピダムの指示をまつ。
王宮の外に見物台を設け王やトンマン公主、スンマン公主、ミシル宮主に上大等セジョンなどお歴々が見ていた。
一糸乱れぬ動きで軽やかに人馬一体の妙技を披露していく騎馬隊に王は喜んでいた。
「スンマン公主よ素晴らしい」
「ありがとうございます陛下」
「ほんに良く訓練されてスンマン公主様の手際のよさ私……感服致しました」
「ミシル宮主にも協力して頂きまして、ありがとうございます」
一通り礼を言った後、スンマンが王に向き直る。
「それで陛下にお願いがございます」
「何だ」
「騎馬隊はこれより花郎ピダム殿にお任せしたいと思います」
「あの指揮官にか?」
「はい、陛下」
「続けよ」
「兵部には入れず騎馬部として独立させ、ピダム殿を騎馬部令として任命したいと考えております」
「騎馬部……それでスンマン、お前は何を?」
「私は……花郎を鍛え直したく、望んでおります」
ミシルの眉が動いた。
彼女の力の大きな部分を花郎達が占めている事は事実だった。
真智王を退位に追い込むときも花郎達の愛国心を煽り使ったのだから……
「ですが……スンマン様がいかに御強くとも女の身……そろそろ良い殿御との縁談も考えておかれても……」
「ふふ……私のようなじゃじゃ馬でも良いと言われる方がいますかね……ですが、まずは新羅の根本を立て直さなければ……」
「根本とはどういう意味でしょうか?」
ミシルとスンマンの間に激しくも凍りつくような空気が流れた。
「新羅の根本……真興大帝と国仙ムンノ殿、そしてミシル宮主。あなた方が作り上げた花郎道を再び目覚めさせたいのです」
「今でも皆、立派な花郎達ですよ」
「ふふ……後に続く為に今を鍛えるのです。陛下、いかがでしょう?」
「許可しよう……ミシル宮主はいかがかな」
「陛下…分かりました、私も従います」
恭しく頭を下げたミシルがスンマンをちらりと見た。
「花郎は新羅の華だ。…腐らせないよう新しい風を入れねばなるまい」
王の言葉にミシルも頭を下げた……
「御意に……」
「スンマン、存分にやりなさい」
スンマンが立ち上がり王に礼をした。
ミシルがスンマンを見ていたが……その顔は何故か笑っていた。
※
「スンマン、貴女も無茶な人だ」
トンマンの宮に戻ってきた二人は、茶を飲んでくつろいでいた。
「ふふ……よくチョンミョン姉上にも心配をかけていました……」
「そうか……」
二人は、今はいない愛すべき姉を思い出していた。
「それにしてもピダムには荷が重くないかな?」
トンマンが外に聞こえないよう笑いながら言った。
「ピダムは自由を好むから煩わしくなって何処かに行かないか心配だ」
「姉上…ピダムは確かに自由を好みます……が!」
「何だ?」
「自由より何より姉上の役に立ちたくて仕方ないのですよ」
「?……臣下だからな」
「くっくっくっ……ピダム憐れな奴……」
「スンマン?」
「姉上……」
きょとんとしたトンマンの手を握り、前に跪ずいたスンマンがトンマンを見た。
「姉上……私は……」
トンマンの宮で男装に着替えたスンマンのきりりとした美貌が……切れ長の大きな瞳が強い意思をもち煌めいてトンマンを見つめる……
見つめたまま……トンマンの指に口付ける……
「すっ…すっ…すんまん!」
「姉上……私の総てを貴女に捧げます」
「ど…どうしたのだ急に……」
「覚えていて下さればそれで良いのです……」
そのままトンマンの膝に頭を乗せたスンマンをトンマンが撫でた。
「チョンミョン姉上にもこうして頂いた……少しの間だけ、お願いします」
「よい、しばらくこのままでいよう」
目を閉じたスンマンの眼から涙が滲んだ……懐かしき姉上……
二人の公主の優しい時間が流れていった……
すっと立ち上がったスンマンが茶を煎れなおす。
何事もなかったかのように二人、会話を楽しんでいた。
※
「ほほほっ……騎馬隊の次は花郎達を味方にしたいとはスンマン公主も欲張りな……」
ミシルの笑いが響いている宮ではミセンが扇を振り、渋い顔をしている。
「しかし……姉上!まずいのではないですか? 花郎達を統率していたのは姉上だ!それが崩れたら……」
姉弟二人だけの部屋でミシルは楽しげだった。
「さあ……どうでしょう?」
「そんな悠長な~姉上!」
「しかし私も花郎達を従えていた昔とは違います……新しい風が必要なのでしょう」
「はぁ?……では姉上は花郎達を手放すのですか?」
「いえ……しかし王の命です従わねばなりません」
「姉上は従って下さい……問題は花郎達だ。大人しく従うとは考えられません」
「ほほほっ……ミセン殿にお任せしましょう」
心得たとばかりに膝を打ったミセンが高笑いをしつつ部屋を出ていった。
※
スンマンが花郎達の主としての認証式も済み、一見穏やかな日々が続いていた。
その実、王があの後、体調を崩され床に伏せトンマン公主の婿を考えていた。
トンマン公主は会議で自らが副君となる宣言をされている……花郎達はトンマン公主の噂で持ちきりだった。
だが……何かの企みが渦巻いていた……
「花郎達の動きがおかしい……」
「ああ……トンマン公主の副君も批判しているが、スンマン公主への反発が大きい」
「誰かが煽り、わざと広げているようだ」
騎馬隊の執務室でユシンとアルチョンが話しているのをピダムがじっと聞いていた。
そこへ当のスンマンが現れた。
「ピダム……少し付き合え」
「ああ……」
二人、連れだって練武場に来た。
「どうするんだスンマン……」
「むしゃくしゃする……ミシル宮主の匂いが花郎達から香ってな……」
「俺は……どうすればいい?」
「ピダム……」
「お前の力になりたい……お前の友として……お前が俺に教えてくれたものを還したい」
肩をぽん!と叩いたスンマンが嬉しそうに笑った。
「じゃ、笛は吹けるか?」
「ああ……師匠に習わされた」
「久しぶりだからな……踊れなくても笑うなよ」
にやりと笑うスンマンにピダムも笑った。
ぴゅぃ~~……ひゅぃ~~……
ピダムの笛の音に……スンマンのしなやかな腕が空に舞う
スンマンは服を着替えていた……
袖の長い薄い紫色の紗の長衣を着ている。
長い紫紗の袖を振り流し舞っていた。
胸までの下衣を着ていたが首や肩の丸み、腕などは紗の衣のした透けている。
袖の中から剣が見え、これが剣舞の一つらしいと分かった。
ピダムの笛が鳴り響き、スンマンが舞っている……その事が花郎の執務室にまで瞬く間に広がった。
「おい、スンマン公主が踊っているとさ」
「はっ!歌舞音曲は新羅の花郎のものだ……女の舞いなどたかが知れてる」
「見て笑ってやればよい」
「ふんっ!」
ぞろぞろと練武場に来た花郎達だった。
※
「これは……舞なのか?」
「だが、美しい……」
「剣の稽古のような舞のような」
たなびく紗の袖と白銀の剣が日の光の中で筆のように練武場に絵を描く……
「美しい……」
ポジョンがうっとりと眺めていると何かが目の端に見えた。
ミセン叔父上……がソクプムと話している。
何か嫌な感じがする……
静かに側に寄っていけばソクプムが身を隠すように柱の陰に潜んだ。
手には……弓矢!!
ソクプムの視線の先には東西南北の方向に郎徒が四人も同じように弓矢を手にしていた。
郎徒達は塀の陰などにいるが誰も気がつかない……
狙っている先には……スンマン様が!
「何をしているのです」
ソクプムとミセンの前に飛び出したポジョンにミセンは慌てた。
「静かにせんかポジョン」
「相手は聖骨の公主ですよ!……正気ですか?」
「別に殺すつもりはない……恥をかかせるだけだ」
「そうだ、偉そうな剣の使い手を弓矢で脅して笑ってやるだけだ」
ソクプムも愉しそうに暗い瞳を輝かせている。
「いけません!母上は知ってらっしゃるのですか?」
「知ってるも何も姉上に頼まれたからだよ……ポジョン」
ポジョンが愕然とミセンを見つめた。
「と……とにかく止めて下さい」
「チルスク……ポジョンをどかしてくれ」
ぬっ……と現れたチルスクがポジョンの両腕を掴み横に引きずっていった。
「離せ!……離せと言っている!ええい離せ~」
ミセンが合図しポジョンの目の前で郎徒達の矢がスンマンに向かった。
「あ゛あ゛ーー」
ポジョンの叫びが練武場を切り裂いた。
※
スンマン様……
ポジョンの声が聞こえた気がして……
ふと、足も手も止めたスンマンの耳に矢が飛ぶ音と気配が聞こえた。
手にしている剣で叩き落とす。
一本、こっちからか!
ばしっ!!……ばしっ!!……ばしっ!!
的確に空気を切り裂く音で判断し叩き落とすスンマンに花郎達も驚愕していた。
四本は避けたスンマンだが、誰かが叩いた太鼓の音が響き……矢の音を消した。
ひゅ……どすっ
鈍い音がしたな……スンマンがぼんやり考えて……左肩の背に刺さった矢を手で触った。
「スンマン!」
ピダムが駆け寄るのが見えた……
ふと横を見ればポジョンがチルスクを振り切り私に向かって走っているのも見える……
何故? 泣きそうな顔をしているのだ……
激痛に震えながら私は……躯の力が抜けて……地面に崩おれていった……
「スンマン様~」
ポジョンが叫んでいる……目の前が暗くなった。
「スンマン!……おい!……とにかくトンマン公主の宮へ運べ~~」
「私が背負う……早く背に乗せろ」
「お前……わかった」
何も見えない……何も動かせない……この感じは……毒か?
「うっ……ポジョン」
「はい、スンマン様」
やはり私を背負っているのはポジョンか……
きっと泣きそうな顔してるのだろうな……ふふ……
「ポジョン……よく聞け……」
「お話にならないで下さい……もうじき着きます」
「よいか……お前が見たままを……姉上……に話せ……」
「御体に触ります」
「ピダム……助けてやれよ……」
「スンマン様!」
……ふふ……お前はいつも暖かいな……
動かせる右腕をポジョンの首に回し……力を入れても入らなかった……
「姉上の力になって……私の後など……追うなよ……ぐふっ……はぁ~」
「スンマン様!お気を確かに!もうじきです!」
「……もう一度、お前と……屋敷で……過ごしたかったな……ふふ……」
「スンマン様!」
「愛してる……ポジョン」
※
トンマン公主の宮では医官が到着するのを待っていた。
ピダムが先に行き報せていたのだった。
ポジョンからスンマンを受け取り寝台に乗せたピダムと到着した医官は服を裂き肩を出して治療に当たった。
突き刺さった矢を抜いてピダムが先の鏃を舐めて唾を吐いた。
「毒だ……」
医官達とピダムが慌ただしく駆け回っている隣の部屋ではトンマンが怒りまくっていた。
「どういう事だ!何があったのだ!何故だ?」
「風月主ユシン参りました」
「ユシン!調べるのだ! 何故スンマンが狙われたのか、誰が狙ったのか」
「ははっ」
「何故、練武場に居て矢で狙われるのだ!」
※
「な……何を言っている?……今なんと言ったのだ」
ミシルが瞠目し余りのことに呻いた。
「スンマン様が矢に倒れました……ミセン叔父上とソクプムが狙い……矢に毒が塗ってあり、スンマン様の生死は……わかりません」
抑揚のない声で話したポジョンはじっ……と母ミシルを見ていた。
「何故?……そんな事が?……ミセン!ミセンを呼びなさい」
ミシルの怒号が宮に響いた。
「母上が頼んだと叔父上が言っておりました」
ポジョンの眼が殺気を帯びてきた……
「私が?……何を馬鹿な!この王宮で聖骨の公主を殺すなどと馬鹿げた事を私がするはずないでしょう!」
ポジョンの眼が……母をじっ…と見ている
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