⑪月に照らされ、陽に焦がれ……【序章スンマン編】

※※※※※

トンマンの宮に帰ると円卓の上にはご馳走と酒が並んでいた。

「姉上の許しなく設けてすみませぬ」
スンマンが詫びるとトンマンは首を振って笑った。

「私もアルチョン殿やピダムにご馳走したかった……スンマンが手回ししてくれて助かった」

トンマンはアルチョンとピダムに座るよう言い、自らも席に着いた。

「いつもありがとう」侍女達が酒を盃に満たし、トンマンも飲み始めた。

「スンマンも飲もう」トンマンが声をかけたが、スンマンは奥の部屋へと消えていった。

「着替えたら加わります。お先にどうぞ」
「知ってるか?」トンマンが悪戯っ子のように笑ってピダムを見た。

「うちの侍女達はスンマンの着替えも用意しているのだ」

「何でもチョンソが言うには……チョンミョン姉上の時から、この宮にはスンマンの部屋まであって服も何着も置いてあったのだ」

「ふふっ……何せ私は中原に居ることになってましたから、見つからないように隠れていたのです」
髪をかき上げ、肩の上に散らすスンマンはもう、服を着替えていた。


「中原から戻れば直ぐにチョンミョン姉上に会いに来ていたか………もしくは馴染みの妓女の宿にいましたから」

アルチョンとピダムが、口に含んだ酒を吹き出していた。

「き……妓女って」
「聖骨の公主が何事です」

一人は赤くなり、一人は眉を吊り上げ怒り……トンマンは愉しそうに二人を見比べていた。

「ん?知りませんか?……女の肌は疲れが取れる」
しれっと答えるスンマンに、口を開けたアルチョンと面白そうに、にやつくピダムの反応が楽しい。


「それはそうとピダム」
「はい、公主様」
「お腹が空いたのだろう、遠慮なく食べなさい」
ピダムの前には炙った鶏肉、蒸した鶏肉、煮付けた鶏肉と色々な鶏肉がたくさん置いてあった。

「ありがとうございます」
嬉しそうにかぶり付くピダムを見ながらトンマンが微笑んでいた。

「さ、アルチョン殿には酒を」スンマンが盃に酒を注ぎ、自分のにも入れていた。


「……場を壊したくは無いのですが……」スンマンが言い難そうに切り出したのは、ピダムが鶏肉を平らげた後だった。

「どうしたスンマン」
「……チョンミョン姉上の最後を知りたいのです」
拳を握り、膝を見ながらスンマンが言った。

「そうか……」

トンマンの声が静かに姉の最後を語り始めたのは、しばらくしてからだった。

そうして全てを聞いたスンマンが一人、宮から静かに出ていった。

※※※

チョンミョン公主の霊廟に来たスンマンは……蒼白な顔で崩折れた。

声にならない嘆きが……空気を震わせる。

どん! どん! どん! どん! どん!

……何の音だ? 眉をひそめたアルチョンが、チョンミョンの霊廟に入り覗く。

スンマンの後を追ってきたアルチョンだが……霊廟に入り驚いた。

どん! どん! どん!

「なっ……止めないかスンマン殿」
慌ててスンマンの腕を掴んだアルチョンだった。

……先程の音は、拳で地面を殴る音だったのか……手が血だらけになっている


「スンマン殿、しっかり気を持つのだ!」
「……私は正気だ……だから構うな!」低く地の底から響くような声で答えるスンマンに、アルチョンの腕の力が増した。

「とても正気には見えんぞ」
「ふふっ……ならばどうする?」
くるりと掴まれた腕を反転させ、アルチョンの手を簡単に外したスンマン。


……体術まで会得されているのか!

ゆらりと立ち上がったスンマンは、まるで手負いの獣のように危うかった。

「もう一度言う……私に構うな!後ろを向いて出ていけ!」
蒼い焔が立ち昇る瞳が真っ向からアルチョンを射た。

「私を責めろ!」思わず叫んでいた。
「……何故だ」
「花朗としてお側に在ったのに守れなかった私を!……死んで詫びずに今なお生きている、この私を!」アルチョンの目に涙が浮かんだ。

「私を責めろ!」
アルチョンの血を吐くような叫びが、静かな霊廟に響いた。

つっ……とアルチョンの頬に涙が流れた。

それを見たスンマンの体から、ふっ……と力がぬけた。

「そなたは……どれほど自分を責めたのだ?……仕方なかったのだろうに……」

血だらけの手でアルチョンの涙を拭ったスンマンは……微笑んでいた。

「分かっている……チョンミョン姉上も、自ら覚悟されていたのだ」


「たぶん、お主と宮殿を出る前に書かれたのだろう……手紙が私にきた」

「手紙が」
「ああ……トンマンという双子の妹がいて、ミシルからも王からも命を狙われた可哀想な妹と……それまでの手紙で、度々書いてあった郎徒のトンマンが妹で嬉しいとも……」

もう絵姿でしか見られない、チョンミョンを見上げながらスンマンが呟いている。

「もし、トンマンが新羅に留まるのならば、国に戻り手助けをしてほしい……と、姉上らしからぬ乱れた字で書いてあった」

「チョンミョン様がそんな手紙を」アルチョンも知らなかった事実に驚いていた。

あの様な切羽詰まった状況でも……さすが聡明な新羅の公主様だ……

「力を蓄え、いずれ姉上と新羅を作り替える……その為に武芸も収め、人も集めた」

「全ては姉上と創る……いや、せめて腐った貴族を切り捨てるつもりだった」

「スンマン公主!」
「だが、トンマン公主と話すうち私は姉上に叱られた事を思い出していた」
「何ですか?」
スンマンと二人……チョンミョンの絵姿を見上げながら座り、アルチョンに話し続ける……

「私の結論は性急すぎると……姉上もトンマン公主も同じ結論だった」
「……それは?」
……涙で潤んだスンマン殿の瞳が輝いている……きらきらと……

「敵にするより取り込む術を探すのだと……」
「味方に引き入れるのか!」

「ふふっ……凄いと思わないか?二人の姉上は……」愉しそうに笑うスンマンの瞳から涙が一筋、頬を伝う。

絵姿を見上げ微笑むスンマンの横顔を、アルチョンは黙って見ていた。


「アルチョン殿」
「はい、公主様」
「すまぬが……肩を貸してくれ……今だけでよいから」
「はい、公主様」

ことん、とアルチョンの肩に頭を預けたスンマンは静かに泣いた。

「今宵だけだ……すまぬ」
「はい、公主様」

泣き声も上げず、ただ静かに涙を流したスンマンは……しばらくして立ち上がった。

「ふふっ……アルチョン殿に、恥ずかしい所を見られてしまったな……」
いつものスンマンが、其処にいた。

「宮に帰ります……姉上に心配かけて申し訳ないと、伝えて下さい……」
さっと踵を返して歩き出した。

堂々と歩むその後ろ姿には、今まで泣いていたとは思えないほどだった。

アルチョンは静かに……チョンミョンの絵姿に礼をして霊廟を後にした。

※※※

穏やかな日々が続いた。

スンマンは、ピダムと練武場で鍛錬したり、ふらっと市井に出たりしていた。


ある日、ピダムがヨムジョンの店に出掛けた。

いつもの様に扉を黙って開けて、中に滑り込むピダム。

だが、そこにヨムジョンはいなかった。

「あいつ!どこに行った」ちっ、と舌打ちして店に戻ったピダムが、頭を下げてるヨムジョンを見つけたのは奥の部屋からだった。


「おい!」
ヨムジョンの肩を掴み、部屋の中を覗けば……


「スンマン!」
「ふふっ……ピダムもヨムジョンと知り合いなのか?」

「スンマン様を呼び捨てにするな!……呼び捨てはいかんぞ~……へへっ」
ヨムジョンが一瞬、怒鳴ったが……ピダムの強さを嫌と言うほど知っている為、直ぐに機嫌をとるように猫なで声をだしていた。


「お前等どんなつながりだ!」
「ふふっ……至極簡単さ」
ヨムジョンが驚いた顔をしているなか、スンマンは全てをピダムに話していった。

「ヨムジョンは中原も百済も高句麗も砂漠へも旅してるだろう?」
ピダムに座るよう促し、ヨムジョンが煎れた茶を勧めたスンマンは優しく話していく。

「密偵組織も造り、あちこちに飛ばしている……が、その資金はどこから出た?」
ピダムが頭を傾げた。

「一介の商人に過ぎなかった、この男が。 中原の宮殿に出入りが許され、通行手形も手に入れ……他では扱えない上物を運んで商売ができる………何故だろうな」

優しく話していくスンマンの顔は、今までに見たこともない艶やかな……見るものの背筋が、ぞくりとするほど妖しいものになった。

「スンマン様……何もかも、お話しされるんですか?」
ヨムジョンが面白くなさそうに茶を置いた。
そのヨムジョンに微笑みを一つかけると、煩わしいほど笑い喋る男が押し黙った。

「百済も高句麗も同じだ……全く他の国と繋がりがない事はないからな……新羅の聖骨という名を使い、入り込ませたのだよ」

「商売し金を集め、同時に人を集め、訓練し、拠点を作り配置した……面白かったぞ」

「スンマン様は全てを作り上げられた……男でも根を上げる事をされたのさ~」ヨムジョンがむやみに派手に笑いながら言う。

「商売はヨムジョンが担ってくれたからな……それほどではないさ」

「初めてお会いしたときスンマン様はまだ十歳でした……商売に失敗して、死ぬしかなかった俺を拾って下さった」

「それを恩にきるほどヨムジョンは、しおらしいのか?……ふふっ」
「恩にきてますよ~……いつも言ってるじゃないですかぁ~~」

「ふふっ……そうしておこう」

ゆっくりと茶を飲んだスンマンがピダムを見た。

「分かったか?」
「つまり、ヨムジョンはスンマンに頭が上がらないってわけか!」

ピダムが嬉しそうに言った。

「そうなのか?」スンマンがわざとヨムジョンに聞くと……

「嫌ですよ~ スンマン様!わかってらっしゃるくせに~」
わっはっはっと笑うヨムジョンが少々うるさかった。

※※※

「しかし……びっくりしたぜ」
ピダムとスンマンが宮殿に帰る道すがら………

「ん? ふふっ……ヨムジョンのことか?」
「ああ……」
「私が新羅を出たのは八歳だった」
「俺は師匠と旅してたな~」
「羨ましいな」
「金が無い貧乏旅だぞ!何が羨ましいだよ」

「穏やかに生きたい両親にとって……平気でミシルに楯突く私など、煩わしいだけだった」
「スンマン……」
「ふふっ……なぁ、ピダム」
「なんだ」

二人の姿を空に、ぽっかりと浮かぶ月が照らしていた。

「親に捨てられた子供と、親に全てを拒まれた子供と……どちらが哀しいのかな……」

ふふっ……と笑いながら月の光を受けた笑顔が哀しくて、ピダムはスンマンの顔を覗きこんだ。

「スンマン……?」
「お前など産むのではなかった……よく言われていたよ」
「親がそんな事を言うのか?」
「私は幼い時から気性が激しかったからな……見るのも嫌だと、顔も会わせないよう……避けられていた」
「……親なのにそんな事するのか?」
「この新羅で……私の為を想ってくれたのはチョンミョン姉上だけだった」
「……だからこそ命懸けで組織を作ったのか」
「ああ……姉上の力になりたかったのだ」
「……今は?」
「ふふっ……我が全てはトンマン姉上に捧げよう」
「お前……すげぇな」
「ピダム、私と共に姉上を手伝ってくれないか?」
「スンマンと?」
「ふふっ……どうだ?  私と友になってくれるか……」
「何故、俺だ」
「……どうしてかな、お前とだと気があうからかな」
「短気同士だし?」
「ふふっ……」
「てへへっ」

二人の高らかな笑い声を、天空の蒼く輝く月が照らしていた。

宮殿までの道すがら、二人の楽し気な笑い声が止むことはなかった……


※※※※※

これで【序章スンマン編】は終わります。

次からは、いよいよ安康城(アンガンジュ)での農民一揆に突入です。

趣味で自己満で突っ走ってますが、まさかヨムジョンがスンマンの手下だったとは(笑)

書いてる本人もビックリ!です。

次からはポジョンもリフレッシュ休暇(遊山)から帰って、絡んでくるかも?なのでお楽しみに
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Author:すー※さん
私的妄想世界が広がっております。
イチオシは窪田正孝さんの役柄いろいろ妄想話です♡(その他にも相棒の神戸さん、スネイプ先生や善徳女王など色々でございます)

最近は更新ができてませんが、発作的に投下してます。
8月、9月の試験に受かれば時間ができるので、それまでは見守っていて下さいませ。

合言葉は『シリアスからエロまで』・・・・・楽しんでいただければ幸いです。。。

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